あたらしいBCCKS発表会とEPUB3.0とbxmlについて

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■もう一週間経ってしまいましたが、6月2日におこなわれた「あたらしいBCCKS」記者発表会にご参加いただいたみなさま、UstreamやTwitterでご高覧いただいたみなさまありがとうございました。前回のエントリを書いた時点ではあんまりそういう予定ではなかったんですが、発表会第二部では僕が開発担当している部分(bxmlというフォーマットの中身、BCCKSリーダーの機能などについて)をわりと詳細に紹介しつつ、BCCKSのCTO(今後は共同代表となることも発表されました)たけなかさんとEPUB(3.0)との関係や今後の電子書籍技術の共存のありかたなどについてこうしたい、こうなってほしいという話をしました。当日の発表資料、Ustreamのアーカイブ、Togetterや、いくつかの媒体での記事もまとまっているのであらためてどうぞ。

■さて、あまりそういう予定ではなかったのに第二部でフォーマットとリーダーの特徴や仕様の話をくわしくしたのは、EPUB3.0の仕様確定が間近なのもあって、電子書籍において「独自フォーマット」「独自拡張」「専用リーダー」といった言葉がそれだけでもういわゆるガラパゴス行きの船のように聞こえてしまうのではないか、と思ったためです(発表そのものも「この発表は『いま、独自規格ってどうなの?』がテーマです」というとこから始めました)。

というわけで、あたらしいBCCKSがイメージする電子書籍を実現するためにつくっている「bxml」というフォーマットが、とくに事実上デファクトとすべきEPUBとどういう関係にあり、どう拡張していて、それはEPUBユーザーにとってどう見えるのかという話が第二部の発表だったのですが、やはりまだ心配なのでここでも説明したいなーと思った次第です。要点でいうと3つになります。


(現状の)EPUBの仕様では満足できる組版、ページレイアウトが実現できなそう

■EPUB3.0の中身はHTML + CSS(2.1 + 3.0少々)なので、Webページでなんでもデザインできるという意味ではなんでもデザイン可能なのですけど、「ページネートする」「リフローする」「組版のルールを(最低限)守る」という3つの条件をのせると途端にむずかしくなり、仕様が足りていないのかなというのが実情だと思っています。でしかも、むしろ一般にはこの3条件を満たすもののことを「電子書籍」と呼びたく、商品価値を感じるのではないかというのが前のエントリに書いた僕個人の問題意識です。

もちろんCSSで組版やページレイアウトを実現する仕様はたくさん提案、議論されてるようですし(ページネートについてはどうなんだろう? 印刷CSS系の仕様? あまり知らないので知ってたら教えてください)、EPUBにもいずれ採択され、リーダーにも実装されていくのは間違いないと思ってるんですけど、現状でどうにかするには拡張するしかないかなと思いました。

なので、EPUB3.0の仕様の枠内でページレイアウトの情報を付加する独自仕様を埋め込む

■bxmlがEPUBの仕様とどこを共有し、どこに独特の仕様をいれているのかについては発表で触れているので発表資料とかUSTアーカイブを見ていただけるとうれしいです。簡単にいうと、

  • bxmlでは、コンテンツHTMLがsectionタグ(html5で導入されるドキュメントのセクショニングをおこなうためのタグ名ですな)で文節され、それぞれのsectionに「ページレイアウトスタイル」が指定されていることを前提とする
  • 「ページレイアウトスタイル」は、「ページレイアウトCSS」と呼んでいる独自のスタイルシートに指定されていて、BCCKS readerはこのページレイアウトCSSでのレイアウトをもとに、section単位のコンテンツをページネート、リフローしながらレンダリングする

という感じです。現状マークアップの指定やページレイアウトCSSの仕様については固まっていない部分もあるのですが、仕様拡張の方針はこんな感じでいけるのかなと思っています。

なので、bxmlはEPUBとしても読める(予定)

■ここ重要なとこです(というか、「そこ重要なとこなんだからもっと強調したほうがよかったのでは」と発表後に言われました)。bxmlとわれわれが呼んでいるものはコンテナの構造とコンテンツのフォーマット(HTML5)においてEPUB3.0と同一なので、bxml用のページレイアウトCSSと別に、EPUBリーダーでのスタイリングを行うためのCSSを同梱すれば、うまくすればたとえば拡張子を変えればEPUBリーダーでも読めるデータになりうるだろうと考えています。ただ、EPUB3.0の仕様は完全に決まっていないので決まったらあらためて(今後のバージョンアップに関する議論も参考にしながら)すり合わせないといけないのと、実際に読めるかどうかはEPUB(3.0の、しかも挙動が微妙に違うさまざまな)リーダーでの実証を経なければならないですね。なので、現状だと「互換」とは言えないし言わないようにしよう、と思っています。


■発表の締めの言葉は「だから…仲良くしていきましょう!」としていたんですけど、bxmlはEPUBが推進しているような電子書籍フォーマットの標準化、ユニバーサル化、オープン化とかを無視するつもりはさらさらない一方、いまの日本語の紙の書籍文化がつちかった組版やレイアウトルール、本を本たらしめるデザインをスポイルしたくないという気持ちが強いというかなり変な独自フォーマットだと言えると思います。世の中には「紙の本のデザインや体験に縛られすぎるのはどうか」的な先進的な意見もすくなからずあるので、ここまで独自wwwな試みがうまくいくのかよくわかりませんし、もっと普通にPDFが勝利、とかWebで無料で広告が勝利、みたいなシナリオもいぜん可能性高いわけですけど、そのへんも含めて仲良くしていけるとよいと思ってます。仲良くしていきましょう!!


「PAC-MAN展」のために「顕微鏡パックマン(Microscopic PAC-MAN)」を制作しました

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■いわずとしれたナムコの看板ビデオゲーム「パックマン」の生誕30周年を記念するパックマン30周年プロジェクトの一環として開催されるAll about パックマン的な博覧イベント「PAC-MAN展」のインスタレーションのひとつとして、「顕微鏡パックマン Microscopic PAC-MAN」という作品を制作しました。

その名の通り、モーレツに小さいディスプレイで表示されたオリジナルパックマンを、顕微鏡で10倍〜くらいに拡大して覗きながらプレイすることができる、という作品です。ポケットプロジェクタを加工して1cm角くらいの液晶にVGAでゲーム画面を表示してるので、1439 PPIくらい?(計算まちがってなければ)の映像でしょうか。world smallest pacmanに解像度では勝ってるな。

企画は単純だったのですが制作は試行錯誤と展示プランの二転三転をへてようやく形になりました。XRGB-3のdot by dot mode2(ゲーム映像を等倍表示できる機能)が9月にリリースされると聞いたときには神のおぼしめしかと思ったんですが、XGBは基板のビデオ映像は内部的にVGAまでは拡大してフレームを持っているらしく(憶測)、パックマンのオリジナル解像度といわれる224×288にはできませんできず残念。そこまでいけるとよかったんですが。

ゲームとしては普通にプレイできるので、ズームしたりフォーカスを外してみたりしながら遊んでみてください。あと他の展示もおそらく二度と観られない実動品やら資料やらがたくさんあるのでかなりおすすめなイベントなってますよ。ぜひぜひ遊びに来られるととよいと思います。

あとTEE PARTYでいかすパックマンTも販売中ですヨ。





DeskTopLive.asに出演します

■ごぶさたです。

というかブログもまる3ヶ月ほったらかしているほどライブ感のないわたくしなのですが、デスクトップのライブパフォーマンスをテーマとするイベント「DeskTopLive.as」に出演することになりました。だいじょうぶなのか。

しかもお題はFlash/ActionScript。カリッカリにしないと気がすまないうえにしかもそれを全部さらけ出さないと終わった気がしないことでゆうめいなみなさまが並び立つ舞台で僕が立ち向かえそうなのは紙オムツ交換のスピードくらいかと思うわけですけども、なんらかお見せしようと思います。


「Built with Processing @ SuperDeluxe」開催しました

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■5/11(金)にProcessingユーザのためのイベント「Built with Processing @ SuperDeluxe」を開催しました。はたしてどのくらい人が集まるものかと思っていましたがフタをあけてみればものすごい人数のみなさまにご来場いただき、ひとまず多くのかたがたにProcessingの作品や活動を紹介するという目的は達成できたのではないかと。しかしそれにしても、400人も集まるというのはいったいどういう事態なんでしょうかね! スーパーデラックスのスタッフさんによれば、今年いちばんくらいの動員になったそうです。長い時間すし詰め&お立ち見になってしまったみなさまにはご迷惑おかけしました。

内容についてはすでにいくつもレポートが上がって居ますけど、まとめるとこんな感じでしょうか。

workセッション

プログラムの前半では、発表者のみなさまにProcessingを使ってプロトタイプから大きな作品やクライアントワークへと発展させるプロセスを紹介する発表をお願いしました。じつは「最終的にprocessing使ってない」という内容も多かったんですけど、最終的な成果物が別言語で組まれるにしてもスケッチやプロトタイプの段階でのみでもprocessingがうまく使えるケースもあるよ、ということが紹介できるといいなと思いました。

なおTomさんJodyさんの発表での同時通訳にはLess rainのトレメル志保さんにお願いしました。ものすごく急にお願いしたにもかかわらず快諾していただけて助かりました。 – http://www.lessrain.co.jp/

スペシャルライブ

翌日のアップルストア銀座でのイベントを控えて、IAMAS DSPコースのメンバーが上京されるのをききつけ、急遽ぜひともライブを! とお願いしました。

  • 堀さん
    • マイクで入力した声を変容させていくライブ…でしたが当日は機材のトラブルで中断。残念でした。
    • http://dsp.iamas.ac.jp/?p=193
  • 赤松さん
    • もちろんMax/Mspによるライブパフォーマンス。ライブセットもクラブなみに充実しているSuperDeluxeなのでぜひともライブは実現したかったんですけども、いい感じでぎゅんぎゅん言わせてました。
    • http://dsp.iamas.ac.jp/?p=19
    • http://max.iamas.ac.jp/2061/

Processingでライブといえばd.v.dさんのパフォーマンスが非常に興味深いですよ。今回のイベントではスケジュールなど折り合わずお願いできなかったのですけども、次回があるなら是非ライブをお願いしたいと思っています。

studyセッション

後半は前半よりもより実験的な作品活動や、教育の場でのprocessingにスポットを当てるセッションとして編成しました。イベントの時間がかなりおしていたので、バタバタしてしまったのですが。

持ち込みプレゼン

23時を過ぎてからになってしまった持ち込みプレゼンですが、結構な人が残って参加してくださったのがうれしかったです。

  • 桜井さん
    • 時間軸を持ったペイントツール(といっていいかな?)の紹介。ウインドウシステムやファイルsave/loadまでProcessingで作り込んでてすごかった
  • 福地さん
    • ふくちさんは会場で持ち込み用のネタを仕込んでました。さすがだ。内容はOSCによるProcessingとのアプリケーション通信についてでした。
    • http://megaui.net/fukuchi/

スタッフ&入場者のみなさまに感謝!

■大盛況のうちに終わり(週末だったからか長丁場を最後まで聞いてくださった方も多かったです)、イベント主催者としては嬉しい限りです。発表者&入場者のみなさま、スーパーデラックスのスタッフのみなさま(特にさまざまな面で主催者以上に尽力してくださった筒井さん)、もろもろ協力いただいたJ美関係のみなさま、BNN村田さま、そのほかのみなさま、それから前川くん、ありがとうございましたー!!! 機会があればまたやりたいです。


5/11(金)にProcessingイベント「Built with Processing @ SuperDeluxe」を開催します

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■えーと、また宣伝だな…

Built with Processing」、おかげさまで好評なようです。ありがとうございます。で、せっかく本も出たことなので日本のProcessingユーザを盛り上げるイベントがあるといいなあと思いまして、イベントも企画しました! 以下!


「Built with Processing @ SuperDeluxe」
http://super-deluxe.com/2007/5/11/built-with-processing/

■せっかくProcessingでやるならということで、音も出せてドリンクも飲める六本木SuperDeluxeにて開催することにしました。出演者も各方面にお願いした結果豪華&面白いことやってる方々がそろいました。特筆すると、Tomさんの所属するMovingBrandsは、先日公開されたKEF Muonの発表イベントのインスタレーションを手がけているので、その辺の話が聞けそうです(toxi氏とのビデオチャットも予定!)。JodyさんからはResponsiveTypeや最新の作品の話が聞けるかなと。あと個人的にはG__orzさんのDSでProcessingを制御する(!)VJや、林さんのtwitter to tex/tspのプレゼンライブ(予定)が楽しみ。

また最後のほうでProcessingスケッチの持ち込みプレゼンコーナーにして、面白いものを作ってる方は持ってきてくだされば発表できる時間をつくろうと思っております(mixiのprocessingコミュニティイベントトピでエントリーしてもらう予定でっす)。

入場料をいただく形になってしまいますけども、週末ですし1ドリンク(+特製ステッカーセット)つきですので、パーティ気分できていただけるとうれしいです。


UK interactive Design Exhibition “RESPONSIVE”

■さいきん宣伝ばっかですいません。

UKのインタラクティブデザイン/アートの作家が来日してグループ展示とプレゼンテーションを行うというイベントがあり、僕もちょっとかかわる(プレゼンテーションのモデレータ)ことになったのでお知らせしておきます。

■作品が話題になってる旬のアーティストが集まるのでかなり面白いものが見れるのではないでしょうか。Philip Wathingtonの「Shadow Monsters」とrAndom Internationalの「Pixel Roller」はProcessingも使われていてExhibitionで取り上げられてましたね。

ちなみにプレゼンテーションのモデレータというのは何をするのか自分でもよくわかってなかったりしますが、作品や作家のかたがたのおもしろい部分をうまく聞きだせるようがんばります(あと会場で「Built with Processing」が売ってたりするようです)


Shibuya.js Technical Talk #1に行ってきた

■「10年。 渋谷がJavaScript の真の実力を発見するのに要した時間である。

とかはともかく。ついに立ち上がった国内のJavaScriptプログラマコミュニティ「Shibuya.js」の記念すべき第1回テクニカルトークを聴いてきました。会場は渋谷ではなくお茶の水のデジタルハリウッド東京本校のホール。

JavaScriptには自分自身かなり関心が大きいうえ、ふだんあまりこういった技術系イベントに参加してないこともあって、どの発表も楽しくて勉強になりました。すばらしい。発表内容やレポートがすでに各所にあがっていますので、とくに印象に残ったところだけ書いておきます。

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「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会(RGN)」第1回に行ってきた

■国際大学GLOCOMで4月9日に行われた「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会(RGN)」の発表を聴いてきました。RGNはゲームのデザインとゲームの物語について、どちらかだけではなく統括的に議論するための研究会で、「Critique of Games」の井上明人(id:hiyokoya)さんを中心に立ち上げられています。井上さんは今GLOCOMの東浩紀研究室でスタッフとして働いてらっしゃるんですね、知りませんでした。

今回は第1回ということで、発起人の井上さんから「死の表現をめぐって」という発表があり、それに関して研究会メンバー(茂内克彦・濱野智史・増田泰子・hally)のコメントとディスカッションが行われるという内容でした。おそらく発表や議論の詳しい内容についてはのちのち公開されるものと思うので(とはいえ[email protected]のような形でまとめる予定は今のところないそうですが)、僕が理解した限りでのまとめとメモを書いておきます。


■井上さんの発表「ゲーム表現の根本問題 —死の表現をめぐって—」は、大塚英志氏が「キャラクター小説の作り方」(講談社現代新書)で言及した「ゲームの表現は『死』を扱うこと(死を記号的にしか扱えないという限界)に自覚的ではない」という批判に対して、現在までのゲームがじっさいに「死」をどう扱い、それがどの程度自覚的なのかを検証するというもの。要点としては「ゲームの死は二側面(ルールの中で単位として交換される「複数性の死」と、物語で扱われる個別のキャラクターの「固有性の死」)が観察できる」「この二側面はゲームの中で両立可能であり、この二項を操作することでゲームにおける『死』が成り立っている。その意味で、従来のメディア表現の水準ではとらえきれない」という二点。

まずここで、大塚英志の指摘がミスリードされているように思いました。「記号的な死」は、物語のなかで個別に扱われれば避けられるといったものでは決してない、なぜならば「死を記号的に扱う」ようなリアリティそのものが、まんがやアニメやミステリやRPGの物語を生み出し消費してきたのだからだ、というのが、大塚さんの主張のはずです。なので、ゲームの死の二側面を挙げるとして「固有性の死」の側に大塚英志の主張を当てはめるというのは図式として間違っています。ゲームの死が複数であれ単数であれ、従来のメディア表現でとらえきれないものであれ、大塚英志に言わせれば「記号的」でしょう。

いっぽう、ゲームにおける死はその複数性(ルール)や固有性(物語)そのものではなく、その二つのレベルの(ゲーム作者による)操作と対比において、そのリアリティ(あるいはそこにある限界)が浮かび上がるものである、という主張は十分可能だろうとも思えました。ゲームはプレイヤーに、ある立場を与え実際に手を下させることができ、そのプレイヤー自身の体験は覆せないとすれば、ルールや物語のレベルでは隠蔽されてしまう、たとえば「死」を、プレイヤー自身の体験によって担保する形式というのはゲームにはありえるのではないでしょうか。井上さんが発表で例示された(詳細は伏せる)「いままでプレイヤーが『倒した(殺した)』と考えていたものにある時点でプレイヤー自身がなり代わり、まったく同じルールで倒されて(死んで)しまう」というような表現は、ゲームが原理上死を記号的に扱わざるを得ないという限界に拮抗するものになりえるはずだと僕は考えます。このようなプレイヤーの役割を組み込んだゲームの構造を抽出できれば、濱野さんがコメントで指摘したようなプレイヤーの体験の差異によって解釈が異なる「島宇宙化」による論点の拡散も防げそうです。

あるいは、また別の主張も可能かもしれません。hallyさんもコメントで指摘していたとおり、たとえばWizardryの「ロスト」がごっこあそび的な記号の死だ、と言われたら納得できないプレイヤーは多いでしょう。なぜならそこには、プレイヤー自身の積み重ねた時間であり記憶である「肉体としてのデータ」が、あまりに理不尽に、乱数的に、劇的でないまま、しかし永遠永劫消滅するという意味で、現実の死とまったく同じ事態があるからです。これは、おそらく大塚英志が多く参照してるであろうTRPGでは起こりえない、コンピュータゲームのみに起こりうる「事故死」なのではないでしょうか(もちろんTRPGにもサイコロなどの乱数で決定的な事態が起きることはありえますが、その決定ではルール上の死が訪れるだけで「現実」にはなにも消滅しないので、理不尽な「事故」とは言いがたいでしょう)。これはこれで、ゲームにおける「死」の特異性を議論できる土台になりうると考えます。

  • 追記:コメントにて海法さんより「それまで育てたキャラクターが死亡する(以後扱えなくなる)ことの重みはTRPGでも変わらない(歴史的にはTRPGのルールをWizなどのコンピュータRPGが採用している)」という指摘がありました(詳しくはコメントを参照ください)。上の議論ではTRPGとコンピュータRPGの「ロスト」を「その死の重み」で対比しているわけですが、その二つに違いがあるとして(個人的には「システムに組み込まれたデータの消失」には、単純な喪失感とは別の考察が可能じゃないかと考えてますが)、もう少し考えてみる必要がありそうです。

ほかにもいろいろありますが、追ってまた書こうかと。なにはともあれこういうアカデミックな文脈を作る意思のある、しかも開かれた研究会があるのはすばらしいと思いました。懇親会などで井上さん(や東さん)に聞いたところによれば、RGNを発足したもっとも直接的な要因は、韓国のゲーム研究の着実な定着ぶりへの危機感があったそうで、そのためにともかく場を作る必要があるだろうとかなり強引に短期間で立ち上げたという話でした。その意味で今後研究会の形式そのものも変わる可能性がありそうですが、ともかく毎月ペースで1年ほどは続ける予定とのこと。今後も期待していきたいと思います。


Make Your Saving Roll

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■個別の利便性よりもそのサービスを使うユーザの(のみならずサービス開発者自身の!)「体験」を重視し、サービスでのユーザの活動がそのサービスそのものの内容や性格をゆるやかに決定づけ、それ自体を成長させていくという、いわゆる「Web2.0」の世界観が、コンピュータゲームと親和性があるのではないか、いやどうかな、ていうかでもそれわりと当たり前じゃない? という指摘が、すでに多くの識者によって指摘されている。

現在のところWeb2.0と呼ばれるものが何を指すのかがはっきりしておらず、はっきりする目処もなく、各人が好きな結論を導けるようにはっきりさせないことが望ましいという雰囲気もあるため、ここでは筆者も断固としてWeb2.0を好きなように解釈するが、そもそもなぜWeb2.0とゲームが同じまな板に載せられがちなのかといえば、そもそもWeb2.0を代表するような各種サービスが、すでに「なんとなくゲームっぽい」からであり、さらにそれはなぜかといえば、単純にコンピュータゲーム直撃世代の若者が特有の軽いノリでサービスをざっくり作って好きな色で塗っているからに他ならない。

いわゆるWeb2.0的サイトの多くが、ムダに名称が凝ってたりとか、ムダにロゴが凝ってたりとか、なんか妙にポップでハイコントラストな色使いであったりとか、ちっこいアイコンとかドット絵が好きそうであったりとか、アニメーションしたりフラッシュしたりスクロールしたりズームしたりしがちなのは、そのためだ。それが好きなのだ。

したがってこの状勢において、よくわかんないけどとりあえずWeb2.0たらんとする者がいるとして、その者がWeb2.0らしくふるまうための方法を導くことができる。ゲームっぽくすればいいのである。これで現状ならばわれわれは「やっぱWeb2.0ってこうでしょ」と言うことができる。とはいえこれも、さほど容易なことではないだろう。ここでいう「ゲームっぽさ」は、これまでコンピュータゲームに親しんできた者の皮膚感覚として共有されているに過ぎないからだ。ともかくわれわれは、ここから出発しなければならない。われわれの考える「ゲームっぽさ」を、Webに実装する必要があるのだ。

なので、ひとつ作ってみた。ご覧のとおりである。ダイスをクリックすると投げることができる。出た目に特に意味はない。GoogleMaps上での使用を想定しているが、やっぱり特に意味はない。

bookmarkletとしての利用も可能にした。以下のスクリプトをアドレスバーで実行するか、新規ブックマークとして登録すれば、任意のサイトでダイスを転がすことができる。そのことの意味するところは自分自身で見つけてほしい。Web2.0がそうであるように。

javascript:(function(){var d=document;var h=’http://realtimemachine.sakura.ne.jp/dice/js/';var s=d.createElement(‘script’);s.src=h+’dice.js’;d.body.appendChild(s);var s=d.createElement(‘script’);s.src=h+’dicebm.js’;d.body.appendChild(s);})();


■きのうのメディア芸術祭と「ユビキタス・ガジェット」の話。

■メディア芸術祭は1時間くらいでざっと見ただけなんだけど。ひっかかってくる作品は映像作品が多かった気がした。

とか面白かったな(というか、ほかのも面白そうだったけどちゃんと観れなかった)。

アート部門は毎度ながら展示スペースがすごく制限されてるからちとつらいなーと(あと、すでに見たことある作品が多かったので新鮮味もあんまりだったような)。

■もうひとつ、秋葉原ダイビルの産学交流ゾーン「アキバテクノクラブ」で行われたイベント「ユビキタス・ガジェット」に参加してきた。はこだて未来大学の迎山和司さんが中心になって開催されている「未来パーティ」というイベントがあって、今回はそれの最終回だそう(ちなみに前回のイベントでは、僕にも声がかかって発表させてもらったりしました)。

今回は増井俊之さんがホストで、氏の推薦で招かれた実験的なインターフェイスや作品を作られている方々のプレゼンとデモ、という内容。「ユビキタス・ガジェット」というテーマは後から決まったそうで全員が「こんなテーマだったとは聞いてなかった」と言っていたような気がするけど、実際はUI研究で有名な方々が集まっていたかっこうで、すげーかっこいいユーザーインターフェイスを動くデモで見せてもらえて、たいへん刺激的だった(内容については塚本牧生さんのmixi日記に詳しくまとまってます)。

最近ものすごく話題になってた「Multi-Touch Interaction Researchとかもそうだったけど、新しいユーザーインターフェイスとそれによって開かれる世界というのは、話だけ聞いてもぜんぜんぴんとこないのに、実際に動くものを見たり自分で体験したりすると以後の認識がまるっきり入れ替わってしまったりするものだと思うので、こういうデモが見られる機会がもっとあるといいな。とりあえず渡辺恵太さんの VisualHapticsとか五十嵐健夫さんのAs-Rigid-As-Possible Shape Manipulationはデモや映像が公開されてるので来れなかった人も必見必見。