『越後妻有アートトリエンナーレ2018 大地の芸術祭』を見た

大地の芸術祭の里 http://www.echigo-tsumari.jp/


ここ数年続いているゼロベースの社員旅行で今年は大地の芸術祭に。越後妻有アートトリエンナーレは行ったことなかったのでうれしい。新潟に入るのも人生初めて…と思ってたんだけど中学生の時にボーイスカウトのジャンボリーで行ってたみたい。

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今年もツアーディレクションはイガラシさん GoogleDocsによる労作のしおり

初日は新幹線で越後湯沢駅に到着し、清津峡渓谷トンネルの作品を見た。新潟ほぼ初めてなので清津峡もまったく知らず、このトンネル芸術祭のために作ったの? と一瞬思ったけど当然そんなわけはなく、

かつてあった遊歩道が落石の危険のため閉鎖されたのち、天然記念物である峡谷を破壊せず安全に鑑賞するために峡谷の各観覧ポイントにアクセスするための作られたトンネルを、大地の芸術祭とのコラボリニューアルとしていくつかの作品をインストールしたということらしい。なんかこのトンネル自体がちょっと合理性から離れたものなのではないかという感じがあって(観光用というより土木のにおいがするわりに出口がないとか)、各ポイントに作品が置かれることでトンネル自体がはっきり作品化したことになる今回のリニューアルはよいものだったんじゃないかなと感じた。

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二日目はオフィシャルガイドツアー(シャケ川のぼりコース)に参加。各所30分とかスポットによっては16分とかで慌ただしく見回るいわゆる団体バスツアーは久々で新鮮だったものの、やっぱり作品鑑賞としては興を削ぐところは大きいなと思った。シュー・ビン(徐冰)「裏側の物語」とかもっと長く見たかったなー。

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うぶすなの家のアニメ美術感すごかった


tampen.jp『アニメーションの<いま>を知る――「キャラクター」という宇宙』を観た

tampen.jp主催の「キャラクター」をテーマにした上映会が東京・渋谷で開催 | tampen.jp


上映作品が面白そうだったので(あと上映会場に馴染みがあるので)観に行ってみた。

最初にtampen.jp主宰の田中さん(だったかな)からこの上映会の趣旨についての解説があったんだけど、その話が「村上隆以降ポップアートとしてのキャラクター表現が一般化した結果、アニメーションの世界でもそうした表現が用いられるようになった」のだというところから始まったのがなかなかおもしろいなと思ったんだけど、もともと村上隆がアートの文脈に持ち込んだ日本のオタク的表現の多くはアニメーションからの引用なので、アニメの表現が美術を介してアニメに再導入されているというか、オーバーダビングみたいなことになってるんだよなと思った。少なからぬ作品に幽霊感というか、不穏なものを感じたけどオーバーダブ感と関係しているのかもしれない。

よかった作品を一つあげるなら前田結歌『正太郎』だったかな。グラフィックツールによるエフェクトがツールのインターフェイスも含めてあからさまに作品に取り入れられているのが新鮮で、アフタートークではポストインターネット的と言及されていたけど、アニメーションとしてはオイルペインティングのような効果にも見えるなーと思った。


『ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて』を見た

水戸芸術館|美術|ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて


時間取って行こうと思ってたらもう今日以外時間が取れないじゃんとなってしまったので平日朝から強行してきた。水戸芸術館ってそこそこ決断しないと行けない場所なので鑑賞が行くまでのドラマ性込みの体験になってしまうなといつも思うけど、まあそういうもんだな。なので今回もそれ込みの体験として楽しんだ。エキソニモの部屋の圧倒的なスペクタクル(なんとなくデビルマンぽいものを感じた)はもちろん、セシル・B・エヴァンス『溢れだした』のなんだかふわふわした感覚にも魅力があった。

今日しか行けないので見てきたハローワールド

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今日のaddress

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『中京大学 × プラネタリウム × アートピア 『The Edge of Infinity』』を見た

名古屋市科学館 | 科学館を利用する | 催し物案内 | イベント| プラネタリウム特別連携事業 The Edge of Infinity

これ見たいなとツイートしていたら、さわむら氏(ucnvさんと高校生のころからの旧知)がじゃあいっしょに行こうかと誘ってくれたので遠征して見てきた。いやー、今年観たもののなかでぶっちぎりですごい映像体験だった。


味仙で胃をグリッチさせてる

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まず今回初めて知ったんだけど名古屋市科学館の「Brother Earth」(ブラザー工業によるネーミングライツド施設なんだけど、名前のコズミックファンク感がすごい)というプラネタリウム施設自体がかなりすごいものだった。世界最大だという内径35mのドームスクリーンに、最新鋭の光学式プラネタリウムによる実物さながらの星空が投影できるのはもちろん、22台(だったかな?)のプロジェクターで8Kの全天周映像・動画を投影できるデジタルプラネタリウムシステムがある(併用も可能なのだそう)。冒頭の設備解説のなかでスーパーカミオカンデの内部写真が投影されたりしてたけど、カミオカンデみたいな物々しさはないにせよ、このドームに映された全天周映像にはそれ級の崇高さがあり、巨大スクリーン大好きなのでそこだけでもけっこう感動した。

そして、今回のイベントがものすごく狂っていた。名古屋市科学館的にはたぶんプラネタリウム夜間上映の一つとしてプログラムされているもので、鑑賞層も10月にはここで「お月見の夜」を観たのであろう地元の科学館サポーターで年配の方が大半なのかなという感じだったんだけど、今回の『The Edge of Infinity』ではそうした客層に全く容赦をしない色彩、スピード、回転、点滅、グリッチによる映像とアブストラクトな音響からなる上演が行われ、そしてここが重要っていうか狂っているなって思ったとこだけど、そうしたきわめて前衛的な上演と上演の合間には、通常のプラネタリウム夜間上映と同様なのであろう穏やかなナレーションとわかりやすいスライドによる、ビックバンや宇宙の果てにまつわる天文科学プレゼンテーションが差し挟まれるのだった。体験した印象としては、イベントの構成がグリッチ画像よりも壊れていた。ただこの事故的な構成によりたまさか生まれたディープさと独特の浮遊感というのが確実にあり(『ジェットストリーム』みたいな深夜ラジオ番組を想像してほしい)、そこがよかった。こういうミスマッチはたぶん東京のイベントだったら起きていないことで、グリッチが好きなひとは地方のイベントにこそ行くべきなのではと思う。

『The Edge of Infinity』は中京大学人工知能高等研究所 メディア工学科所員の井藤雄一さん、上芝智裕さん、カール・ストーンさんに、ゲストとして真下武久さん、ucnvさんを招いて、それぞれ映像、サウンド担当で2人づつのチームとなって(ちょっと今手元に資料がなくてチーム構成が書けないけど)、ドームスクリーンとサウンドシステム(サウンドシステムも多チャンネルからなる独特なものだったみたい)に合わせた3つのパフォーマンスを上演するというもので、それぞれ魅力的なものだったんだけど、やはりトリをかざったucnv x カール・ストーンのパフォーマンスについて書いておきたい(ちなみにカール・ストーンさんだけはプラネタリウム現地のブースからのライブパフォーマンスだった)。

ucnvさんのグリッチ/データモッシュ映像としてはTerpentineで確立された作風(破壊風?)の延長上にあるセッションになっていたのだと思うんだけど、考えてみれば、われわれはいかにも画像らしい矩形のスクリーンがグリッチしたものしか見たことがなかった。世界最大の径をもつ球面にプロジェクションされた、ほぼ実空間をとして知覚される全天周のそれを見たことがなかったなーーーーという感想で、Terpentineの後半にある画面下からせり上がってくるグラデーションみたいなグリッチがあるじゃないですか。あれがプラネタリウムに映すと「地平線」に見えるんですよ。画面上から色がしみ出すようなグリッチ映像は、天頂から色が降り注ぐように見えるわけですよ。キーフレームが抜かれて壊れた色面が突如動き出すあのデータモッシュ独特のドリフトが全天周で起きると、われわれ自身がドリフトし始めたように感じるわけですよ。エモすぎて思わず文体も変わってしまったわけだけど、人工物である画像に起きる「事故」がグリッチなのだとして、他方自然は作られておらずしたがってグリッチもしないのだとして、あの日観たグリッチ映像は僕が見た限りでもっとも「自然」なグリッチ映像だったように思う。


Turpentine from ucnv on Vimeo.


とにかくもしかしたら二度と観られない映像体験が得られてラッキーだった。イベント終了後ちょっとだけucnvさんと話す機会があって聞いたけど、今回の上演にあわせてかなり特殊な制作をされたそうで(8K4K(訂正)の連番pngを何日もかけてレンダリングしたとのこと)、一度だけなのはもったいないので再演とかあるといいな。ていうか上映環境としての「Brother Earth」とてもいいので変態アニメーションナイトとかもあそこで上映してほしい。


青柳菜摘『黒い土の時間』を読んだ

青柳菜摘「黒い土の時間」 | 黒い土の時間


装丁国語の教科書っぽいなと思ってたのでランドセルの上で撮ってみた

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箱を開いた。ゆっくり箱を開いた。

家の中で飛び立つと大変なのでトイレの蓋を閉めドアを閉め、トイレをテーブル代わりにして箱を開いた。ゆっくり箱を開いた。小皿の上の半分に切られた巨峰の匂いがさっきまで篭もっていた匂いを放つ。日本酒を垂らしてあるからか熟した匂いが立ち込める。体を少し右に傾け、黒く墨を流したような、光を受けると青みがかる翅を下に向けている。裏側の少し地味な模様が見えた。

という冒頭ですでにしてふくらんだ僕の期待はすこしも裏切られず、最後まで興奮しながら読み終えた。ほんとうに素晴らしい。この小説にふれて息を吹き返した気持ちや感覚を自分の観察箱の黒い土に埋めておこうと思った。

なので「これは…」と思ったひとは間違ってないのでさっさと上のリンクから注文して読もう。あ、王子にあるコ本やという本屋でも売っているそう。


『大島智子 個展 パルコでもロイホでもラブホでもいいよ』を見た

大島智子 個展 パルコでもロイホでもラブホでもいいよ


見てきた。大島さんやその作品はtwitterなりtumblrなり、あるいはtofubeats『No.1』MVでの被写体なりである時期以降のインターネットにふわふわと漂っているものだったなという思いはありせど僕自身はそれほど好んだり追いかけたりしていなかったつもりだったので、個展があると聞いて行くでしょという気持ちになったところが自分でいちばん新鮮に思えた。

男性にとっての生理の話題みたいなもので彼女の作品を軽々しくいいとかわかるとか言うのは危険だという感覚があるけど、今回の展示は完成作品と彩色前の原画が並べてあったことと、フォントで組まれた(きわめて繊細で理知的に見える)テキストと(こういってはなんだが、とてもつたなく見える)彼女直筆の文字が重ねられた画集冒頭のページにつながりがあるように思えたのが発見だった。

それはそれとして『No.1』のMVはいまだに強度あるなー


さいたまトリエンナーレ2016 旧民俗文化センター会場を見てきた

さいたまトリエンナーレ2016


会期終了直前のタイミングで行ってみた。

とりあえずお目当て(というか内容には箝口令が敷かれていたので、数名の激賞を見かけて興味をもっていた)「目」の『Elemental Detection』を見に来たという感じだったんだけど、これ会期終わったからもう内容言ってもいいのかな。藪の中のため池を精巧に模したインスタレーションで、太陽を反射して白く光る水面のように見えるプレートの上を歩くと(靴を脱ぐ必要がある)、まるで水面を歩いているように見える。非常によくできていて、ほんとにそう見える。奇跡っぽさと、でもみんな靴下で水面を歩いているという滑稽さ。ぽっかりあいた異界に触れられた感じでとてもよかった。

あと見たなかだとアダム・マジャール『ステンレス、大宮』は去年話題になってた超高速度カメラで新宿駅のプラットフォーム通過を撮影した「Stainless - Shinjuku」の大宮版で、大画面で観れてよかった。小沢剛『帰って来たJ.L.』は旧民俗文化センターの演芸ホールだったとおぼしき展示空間が独特で、ホールというよりも小さな映画館にミニチュアのビルボードを建て込まれたようになっているのをおもしろく見た。押井守の実写映画(『紅い眼鏡』『トーキング・ヘッド』)を思い出した。あとちょうどジョン・レノンの命日のタイミングでもありましたね。


youpy『Rainforest』を観た

SOBO 14th EXHIBITION youpy / Rainforest

金曜日に観たやつ。


まず、入り口はいった付近から小豆が散らばっていた。ギャラリーの入って左半分くらいに散っていて、作品説明の平面図の点とちゃんと位置が対応してるのかなと思ったけど面倒だったので確認しなかった。(ちなみに作品名はなんかランダム生成っぽいコードだった。チラシの余りがなかったのでもらってこなかったけど)小豆はいくつか(鑑賞者によって?)踏み潰されていた。小豆の分布の中央あたりに旅行ガイドブックみたいなの(どこか国内の)がおいてあって、小豆の向こう側の隅には赤い化粧箱が立てかけてあり、その箱に踏み潰された形でなにかの本があり、その上に洗剤かなにかの詰め替えパックが積んであった。そのほか左側スペースの壁にはマスク(ダークナイトの冒頭でジョーカーが被ってたみたいな道化師風の)が壁3面に向い合うように掛けてあり、その1つ(左手突き当りの壁)のマスクの眼の穴にサインペンのフックがひっかけてあった。また左側スペースの空間を横切るように壁から床へとマスキングテープが渡してあり、床側のマスキングテープの端には『ひぐらしのなく頃に』の小説が立ててあった。その付近には新書(なにかビジネス書的な内容だったかな)が寝かせてあり開かれたページに乾燥ひじき(っぽいもの)が挟んであった。右側スペースの角にはなにか土(園芸用の)が盛ってあり(土の下になにか敷いてあった気がするけど思い出せない)、付近に紅芋のちんすこうのお菓子が散らばっていた。いくつかは小袋から出してあり、上にこすったような跡があり、ひとつにはピアスのような金属製のリングが上に置いてあった。もう1方の角には本が2冊重ねてあった(内容はなんだったかな…下はガイドブックみたいなので、上に立ててあったのはビジネス書的な単行本みたいなの)。その2つの中間あたりになにかのネジが立ててS時のような形に並べてあって、その横にもなにかあった(忘れた)。中間のスペースの壁(というか柱)下方にどらえもんのひらがな学習ポスター(幼児向けにお風呂に貼るようなやつ)が貼られ、その下になにか歴史学習用のカルタ?みたいなのがばらばらと散らばっていた。そのもうちょい手前にグリーンのちいさなケースっぽいもの(耳栓のケースっぽい大きさ)が置いてあった。思い出したけどその中央スペースから左奥の化粧箱のある角の間に、赤い厚紙がシュレッダーに掛けられたくらいのサイズの細切りの紙切れが山になっていた。ほかには天井の電源付近に3つの音源(iPodやiPadminiのヘッドフォンジャックにパッシブスピーカーが直挿しされたもの)が常時鳴っていた。ひとつは日本語の歌謡曲っぽいもの?で、のこりはよくわからないインストの曲だったと思う。

というかんじだったかな。あっけからかんとした雰囲気でなかなか愉快だったけど、なにかしら狙いはあったのかしらん。


『ジョン・ウッド&ポール・ハリソン「説明しにくいこともある」』を観た

ICC ONLINE | ジョン・ウッド&ポール・ハリソン 説明しにくいこともある

ほとんど映像作品なので、20以上のモニタ/スクリーンでしかもそれぞれ複数作品が流れるという大規模展示だった。意外とこども耐性もあってけっこう面白がって見ていた。

1つのフィルムで1つのことしか起きないものが連なっているせいか、「絵本みたいだな」と思う瞬間があった。


奥田栄希『悲しいゲーム展』を観た

Takashi Somemiya Gallery

いわゆるファミコンゲームそのものの意匠やインターフェイスを提供しながら(おそらくフリーの開発環境で実際にファミコンで動作するROMを作成して動作させているのだと思う)、実際にコントローラでプレイしてみると通常のゲームに期待される展開やゴールが提供されずいつまでもプレイがつづき、ひたすら宙吊り感に襲われるという「ゲーム」がいくつか展示されていた。この作品そのものはその状況になるように意図的にプログラムされたものではあるんだけど、ゲームのなかでは成立している奇妙な法則性(画面端に消えたキャラクターは反対側の端から現れるとか)は曲げていないところが重要で(「ゴールゲーム」はちょっと微妙ではあるんだけど)、これら「ゲーム」の「悲しさ」は、「悲しくない」ほうのゲームにも含まれている。ファミコンの頃はROMカセットの接触不良やらバグやらで市販ゲームでも「悲しいゲーム」状態になることがわりとよくあったけど、氏のグリッチの作品と同様に、そうした「正常」なデータやプログラムがわずかな狂いによって普段は隠された深淵を覗かせる感覚が参照されているのだと思う。

だいぶ前ガビンさんがやろうとしてた展示で、「既存のシューティングゲームに見えるんだけど、弾が撃てなくしてある」ゲームがプレイできるゲーム展というのがあって、それなどを思い出した(たぶんこの企画が発展して六本木クロッシング2007の「Laxical Shooter Ver. 0.01」になったんだと思う)。

あと関係ないけどこの展示見た次の日にたまたま3DSの「電波人間のRPG FREE!」をプレイしたら、最近珍しい感じのグリッチ画面になった。3DSのカメラの映像を背景として表示する仕様なんだけど、プレイした3DSのカメラが壊れているのでこうなったみたい。