スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?』を読んだ

誰が音楽をタダにした? | 種類,ハヤカワ文庫NF | ハヤカワ・オンライン


邦題は「誰が」というタイトルになっているけど原題は「How music got free」であって犯人がいたとかそういった話ではない。音楽業界の命運を左右する技術が、楽曲制作やそのマネジメントといった制作者サイドの技術から、流通・入手コストを可能な限りゼロに近づけるための消費者サイドの技術へといつのまにか移り変わっていた90〜2000年代に不可避的に(だと思う)起きたことを克明に記録したたいへんスリリングなノンフィクション。ものすごく面白かった。

著者の冷静でありつつ絶妙に毒っ気を混ぜた文体も素敵だけど、3人の主人公(?)たちの舞台立てが完璧すぎる。一人は業界の政治に敗れ正式採用されなかった自分たちの優れた音声圧縮フォーマットの有用性を世に証明せんとする実直な研究者(mp3の開発者ブランデンブルグ)。もう一人は音楽業界の帝王として君臨しながらも、音楽のデジタル化とネット流通の発展には傍観者でしかなかったレコード会社CEO(ユニバーサルのダグ・モリス)、そして最後の一人、新しい音楽の中心になったダウンロード・サブカルチャーを代表するのは、「現実世界」ではバイト上がりのCD工場従業員を勤勉に続けつつ、ひたすら発売前のCDを持ち出して「シーン」にリークし続けたふつうの若者(RNAのグローバー)。この本来まったく交わらない三者の立場の隔たりにこそ90年代に音楽業界で起きたことの壮大さが示されているように思った。

そしてこのタイミングでこの本を読むともちろん漫画村問題とか(日本の)電子出版業界のこととかをもやもやと考えてしまう。音楽と較べると「本」はテキストと画像という意味でのコンテンツとしてはWeb(とWeb広告によるマネタイズ)が普及した時点で技術的にはすでに決着がついたものだとも言えるし、メディア体験としての「本」を超える利便性を消費者が手にしているかと考えるとまだ技術的転換点に達していないのだとも考えられる。「出版業界は音楽業界の失敗に学んでない」という決まり文句は事実だとは思うけど(この本にも「出版はデジタル流通が音楽よりも失敗している唯一の業界」というフレーズが出てくる)、結局のところ「音楽がタダになった」後の視点からの軽々しい言葉のように感じて個人的にはちょっとなーと思う。と同時に、Kindle UnlimitedもdマガジンもradikoもTVerも当たり前になった2018年にいまだマンガ雑誌の横断サブスクリプションサービスが存在しないのはなんぼなんでも遅すぎる終了〜と思う。いま言いたいのはそのくらいかな。