川俣晶『ENIX移植プログラマー戦記 ~TOKYO NAMPA STREETからドラクエ2まで~』を読んだ


8ビット機のパソコンゲームパブリッシャーだったころのエニックスでの仕事をふくむ〜80年代の国産パソコン黎明期の思い出話。イーストが運営している(?のかな)ぽからがでんでんコンバーターで制作してKDPで発行している本みたい。イースト社と著者の川俣さんがそれこそこの本で書かれている頃からなんらかつながりがあったりするんだろうなと思った。

川俣さんはかなりファンキーだったと思しき当時のコンピュータゲーム業界のなかでおそらく論理を重んじる開発者だったとうかがえ、本で取り上げられるゲームの他機種(しばしばより性能の低い)移植プロジェクトでもリバースエンジニアリング、コードコンバートやエミュレーションを用いて可能な限りオリジナルのプログラムやデータをそのまま動作させることを目標としていたっぽい。ただたとえば(僕は実際にはプレイしてなくて伝聞だけど)MSX版のドラクエはかなり動作が遅くてプレイが大変だったと聞くので、そういう計算機的に正しい技術で移植されたゲームが結果的にプレイフィールを残っているようなことは起こるんだろうな−と思った。

あと本の中で川俣さんがエニックスで「究極超人あーる」のパソコンゲームの企画を(マニア受けは間違いないとして)持ち込んでいたというエピソードが出てきて、その企画はパブリッシャーの気を引かず頓挫したらしいのだけど、当時のエニックスから「あーる」のパソコンゲームが出ていたことを想像するのはちょっと楽しいなと思った。