細馬宏通『2つのこの世界の片隅に』を読んだ

青土社 ||批評/文明論:二つの「この世界の片隅に」


こっちも途中まで読んで止めてたので読み終えた。もちろんマンバ通信でのコラム連載は読んでいたしその時点で驚嘆してたわけだけど、評論集として書籍化された本書は当然ながら各コラムがそれぞれの着眼点(「ことば」「かく」「くらし」「からだ」「きおく」)にそって再構成されていて、なかでも最終章になっている「きおく」は、テキストを読み解くにとどまらず、読み進めていくと作品の鍵を開けてその中に入り、本来ならば知り得ない「秘密」を知ってしまうような感触があり素晴らしかった。「すずの描く絵はほとんどが誰かに向けて描かれている」という指摘も細馬さんならではの指摘でどきっとした。


土居伸彰『21世紀のアニメーションがわかる本』を読んだ

21世紀のアニメーションがわかる本 | 動く出版社 フィルムアート社


トークショーの前にと思って。アニメーションドキュメンタリーというジャンルの重要性の話など土居さんの前著『個人的なハーモニー』のおさらい的な部分もありつつ、本書の要旨である「21世紀のアニメーション」がどこに向かっているかいう議論はかなりアクロバティックというか乱暴ともいえる整理が炸裂していた。個別の作品の扱いがこれでいいのかという話は多そうだけど(僕はそこまで気にはならなかった)、「『私たち』の時代」の作品とは何かという定義については腑に落ちたというか、いわゆるポストインターネットの世界観とか、インディーゲームのナラティブとか、気になっているものを同じ枠組みで見ることができるんじゃないかと思った。

つまり『動物化したポストモダン』なんじゃないかという気もちょっとしたけど。


ロロイ『塔』を読んだ


』 ロロイ著


不思議な塔を上っていく、という体の超超短編集。電子書籍のショートショート集をスマホで読むとそうそうこういうのでいいんだよなーと思うけど(BCCKSだとヨシカワシオさんの『懐中小話』もいい)、このロロイさんの『塔』は「不思議な塔の各階の描写」というルールになってるのが本全体としてもフレッシュでとてもいい。ショートショート版『100かいだてのいえ』っていうか。ちょっとゲームブック感もあるし。

他の人もこのルールで本をつくったのも読みたい。


Duang-Daao『ドゥアン・ダーオのトムヤムクン』を読んだ


ドゥアン・ダーオのトムヤムクン』 Duang-Daao著


初めて判型実寸のブログパーツ使ってみるけど、この本はBCCKSのレイアウトを使いこなしてとても美しい魅力的な本に仕上がっているのでこの見開きリーダーをPCで読んでみてほしい。上の「タチヨミ」から。

しかもデバイスサイズにしてもきれいになってるとこもいい。


ドゥアン・ダーオのトムヤムクン』 Duang-Daao著

種明かしするとこの本を作っているのはBCCKSの開発にも参加している鍵っ子が作った本なんだそうで、BCCKSの機能を使いこなしてあるのは当然といえば当然なんだけど、それだけでもなくて、編集者やブックデザイナーでなくても「こういう本にしたい」「読者にこういう気持ちになってもらいたい」という意図が明確にあればそのような本がつくれるということだと思う。『犬ウォーターメロンシュガー』のぶつ切りにした生魚みたいな乱雑さも個人出版本の痛快さではあるけど、他方でこういう魅力的な本が無料プラットフォームで作れるんだヨということも主張していきたい。

作りのことばっか言ったけど内容もいいんだよなー。タチヨミ以降のとこではトムヤムクンのいろいろなレシピはもちろんのこと、トムヤムクンに捧げられたマンガや小説もあれば、日本で出版されているタイ料理の本10冊12レシピから、材料や分量の平均を求めた「日本の平均のトムヤムクン」(!)レシピ、タイのみそ汁とも呼ばれるトムヤムクンと、日本のみそ汁の境界を探るため、みそ汁にレモングラスやパクチーといったトムヤムクンのスパイスを混ぜていき味わい、それに「トミソシル」みたいな中間状態の料理名(!)をつけていくという「みそ汁とトムヤムクンの境界を探ろう」ワークショップのレポートまで。本の概要からはまったく予測もつかない素晴らしい内容。電子版400円でいろんな味が楽しめる本。

BCCKS / ブックス - 『ドゥアン・ダーオのトムヤムクン』Duang-Daao著


ラリイ・ニーブン『リングワールド』を読んだ

リングワールド (ハヤカワ文庫 SF (616))
ラリイ・ニーヴン
早川書房
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これもSF仕事関係で今回初めて触れてみて、いわゆるスペースオペラ的な小説に触れてこなかったせいかさわりを読んだら非常に新鮮でおもしろかったので、せっかくだからちゃんと読もうと図書館で借りて読み切った。けっこう長いしいちいち描写から地球人の常識から離れた宇宙人の容姿とか世界の様子を思い浮かべるのが大変で、読み切る前に返却期限が来てしまって何度か借り直したりしつつなんとかという感じだったけど、ちゃんと最後(広げた風呂敷は何一つ畳まれてないけど小説の終わりとしてはここしかない、というラスト)までおもしろかった。


アラン・ケイ『アラン・ケイ』を再読した

アラン・ケイ (Ascii books)
アラン・C. ケイ
アスキー
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エクリの水野勝仁さんの連載を読んでいて、ふとアラン・ケイの本を読み直してみようと思ったので図書館で借りてきた。前読んだのはあんまり定かじゃないけど、Oh!Xに荻窪圭さんの書評かなんかで知って発売当時に買ってたはずなので高校2年か3年の春休みとかに読んだんだと思う。地元のスキー場で雪が融けた後のグラススキー用のリフトの監視みたいなバイトがあって、それをしながら読んでた記憶があるので。

で読み返してみたら、言うまでもないけど今読んでもまったく古びていないインターフェイスの思想が語られた論文群で、あらためて読んでもこのころにこういうことを言っていたのかと新鮮な発見が多かった(「コンピュータ・ソフトウェア」のなかでスプレッドシートについて「セル宇宙のシミュレーションをするもの」だと説明するところとかは今回よんで初めてなるほどと思った)。

最後の講演録「教育技術における共立の対立」はたぶん前読んだときは読み飛ばしてた気がするんだけど、今回読んでここが一番おもしろかった。アランケイいわく、成功する製品は「人間の深奥の欲求にこたえる“増幅装置(アンプ)”になるもの」である必要があるが、その人間の欲求とは大別して「夢想したい」と「コミュニケート」したいに分けられると。この2つの定義は欲求の定義が(あまり細かくは語られないものの)独特で、たとえば飛行機のような時空間を圧縮するテクノロジーは「コミュニケートしたい」欲求をかなえるものになるのだという。では「夢想したい」はどういう欲求なのかというと、これは「自分だけのファンタジーを制御したい」という欲求だと考えればよい。ファンタジーとは、例えば言語、スポーツ、ゲーム、音楽、コンピュータシミュレーションなど「単純明快で制御可能な世界」のことで、つまり世界を単純で制御可能なものに見せてくれるテクノロジーが人々の心をつかむのだと説明されていて、この説明は非常におもしろかった。この定義でいくとSNSは「コミュニケートしたい」欲求に応えるようでいて「夢想したい」のほうの欲求に応えているんだな。


吉田棒一『犬ウォーターメロンシュガー』を読んだ


犬ウォーターメロンシュガー』 吉田 棒一著


かなり前からBCCKSでエッセイというかなんというか、ひとことでいうと「テキスト系個人サイトの文章」みたいなのを出版されている吉田棒ーさんの新作。「テキスト系個人サイトの文章」みたいなのが好きな人なら間違いなく楽しめるし、「テキスト系個人サイトの文章」みたいなのが好きな人はもう結構な年なんだからこういうものにちゃんと324円払ってほしい。

僕はBCCKSの電子版で読んだけどまったくもって頭から順番に読んだりするタイプの文章ではないので紙の本でトイレとかに置いて雑に読み始めて適当に閉じるくらいのほうがいい。紙本はこちらのその名もチンポシステムズ出版で1200円で買える。


高野秀行×清水克行『世界の辺境とハードボイルド室町時代』を読んだ

集英社インターナショナル 公式サイト


この本どういうきっかけで買ったんだか完全に忘れたけど(タイトルがちょっとおもしろかったからかな)、あんまり読まないジャンル(歴史&文化人類学)の雑学本でなかなか楽しく読めた。日本の中古車の話(日本の中古車が世界に輸出されて使われているのは、性能に全く問題ないのに新車でないだけで異常に値が下がる日本人の文化的気質に起因しているという話)がおもしろかった。


青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』を読んだ

幸福はなぜ哲学の問題になるのか - 太田出版


『タイムトラベルの哲学』の青山拓央さんによる、幸福の哲学をまとめた本。時間論が専門の青山さんがなぜ「幸福」なんだろうと思いつつ読み始めたんだけど、そうではなかった。われわれが素朴に感じている時間の流れとその中にある「今」、そして「今のようでなかったかもしれない世界(可能世界)」というものと「幸福」がとても密接な関係にあり、われわれの生の実感につながる「幸福/不幸」の見積もりが、「この世界が今のこのようでなかったら」という現実としては合理性をもたない想定、つまり錯覚によってなされているというのが『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』という書名につながる本書の世界観で、まさに青山さんの問題意識ど真ん中なんだろうな。近く刊行されるという『時間と自由意志』を補うように生まれた本という側面もあるそう。

でも一方ではこの本はわれわれが主観的に感じる幸福のありかたについての様々な論点をやさしい語り口で腑分けしていく幸福に関するエッセイのようにも読める本になっていて、途中はさまれる子供に向けた幸福を考えるための文章(『付録:小さなこどもたちに』)も実によくて、装丁も含めて「幸福の匂い(朝食のパンの話が出てくるからかなんとなく軽いパンっぽい感じ?)」のするような滋味深い本だった。