川端裕人『The S.O.U.P.』を読んだ

The S.O.U.P. (角川文庫)
The S.O.U.P. (角川文庫)
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川端 裕人
角川書店
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とある事情で預かっていて、帰省の移動中に読む小説を探していて手に取ったので読んだ。2001年発表の小説だそうだけど、SF描写も作品としてもあまり古くさく感じず面白く読んだ。対立する3つの要素というのがモチーフとして作品のなかで何度も語られ、テーマの配置としてもいくつも重ねられていて見事なんだけど、僕には「ハッカー文化 - SF - ファンタジー」の三角形のバランスが新鮮で面白く感じた。インターネットワームと指輪物語における竜である長虫(ワーム)が重ねてあり、もともとインターネットワームが指輪物語由来なのかなと思ったんだけどそういわけではないみたい(むしろSF由来らしい)。

オンラインRPGの描写は2000年前後のEverQuestとかを参考にその延長上に考えられる未来のファンタジーRPGを設定して(というか具体的にはどういうインターフェイスなのかをごまかしつつ)書いたんだろうけど、2017年に読むとわりといまどきのVRゲームの描写とほとんど変わらないように読めてそこも興味深かった。


戸田誠二『スキエンティア』を読んだ

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SF仕事がらみで読んだ。とてもよかった。スキエンティアはラテン語“scientia”でscienceの語源か。

どの話もよかったけどやっぱり第1話「ボディレンタル」かな。ありがちな話だなとも思うけどぐっときて涙ぐんでしまった。もはや「若者を導いてみらいを託す話にぐっとくる年代」ということを認めざるを得ないな…




大森望:編『SFの書き方』を読んだ

SFの書き方 | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン


SF小説や関連本をまとめて買ったなかの一冊。この本自体は仕事で調べてたことにはそんなに関係なかったんだけど、ゲンロンSF小説講座の講義録はいろいろ興味深く読んだ。そして受講生の実作例として収録されている高木刑『カランポーの王は死んだ』がとても面白くてよかった。

ここでも読める。

カランポーの王は死んだ – 超・SF作家育成サイト

…んだけど、すくなくとも僕はこういう横書きのブログ的な形態で小説が載っていても集中して読めないので、本に収録されたのを読むのとはかなり印象変わるだろうなと思う。小説講座の講師の方々の下読みはどうされていたのだろう。


天野讓二『幻の未発売ゲームを追え! ~今明かされる発売中止の謎~』を読んだ

幻の未発売ゲームを追え! | 徳間書店


知らなかったけどゲームサイド(ほか)での連載をまとめたものだった。なるほど。未発売の殿堂入り的なゲーム(『スペースファンタジーゾーン』とか『神罰』とか)は扱えないんだな…と思いながら読んでいたんだけど、遠藤正二朗さん、宮内信子さんののメガCD版『銀河鉄道999』についてのインタビューがハイライト的におもしろく、なかなかいい本だったなと思いつつ読み終えた。未発売に終わったメガCD版『銀河鉄道999』についての遠藤さんの構想(『999』の原作漫画は停車する星ごとにトップダウンで奇妙なルールが強制されるという意味で「ゲームっぽい」ので、ゲームにするとおもしろいだろうと思っていた)や名言(「画面レイアウトの試行錯誤は『思考停止した者勝ち」みたいな面があって、考えるのをやめて作り込みに集中した方がゲーム全体のクォリティが最終的に担保される傾向がありましたね…」)、『銀河鉄道999』がらみのいい話(CVの録音スタジオに残っていた『999』専用のハンコをテープラベルに押してもらったとか)がたくさん入っていていいインタビューだった。

XBOXで発売予定だった『戦場の出前持ち』の顛末についてガビンさんとカツキさんが語っているインタビューもあるんだけど、このゲームのプロジェクトが走っていた頃はちょうどガビンさんに呼ばれて僕が助手業を始めたころだったので(内容についてはなんにも関わってないですが)ちょっとだけ関連するエピソードがあったりする。それはちょうどガビンさんの担当する2年生の授業がある日で、授業時間ぎりぎりに憔悴した様子で到着したガビンさんが「ゲームが…飛びました… ぜんぜん授業してる場合じゃないんだけどね…」と耳打ちしつつ教室に。そして最高に間の悪いことに、その日の授業には、先生がXBOX向けのゲームを作っていることを聞きつけた数人の学生が、ちょうどそのころUTがマイクロソフトとコラボして販売したXBOX Tシャツを揃いで着込んできており、ガビンさんにサプライズとばかりに見せつけてきたのだった。それ以上ないほどのサプライズのあったその日に。


石井ぜんじ『ゲームセンタークロニクル (~僕は人生の大半をゲームセンターですごした~)』を読んだ

ゲームセンタークロニクル (~僕は人生の大半をゲームセンターですごした~)
石井ぜんじ
standards (2017-03-23)
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1972年以来のゲームセンターとその場を賑わせたアーケードゲームたちの盛衰と、記録に残らない「ゲーセンとそこに集うゲーマーの空気」を、元ゲーメスト編集長石井ぜんじさんが綴った回顧録。最初から読んでてクロニクルというタイトルなのにずいぶん飛ばすんだなーと思っていたらそれはぜんじさんのゲーセン人生のあらましを紹介する序章部分で、1章以降はふたたびゲームセンター黎明期に戻って語り直すという構成でびっくりした。アーケードゲームの本らしく2周エンドのシステムなのか! とか思ってたんだけどそこ以外でも同じ趣旨の文章が何度も繰り返される部分が見受けられ、あんまり編集が入ってないだけなのかも。技術面に関する記述がかなりいい加減なのもつらい…。まあ技術は専門じゃないから仕方ない部分もあるのかもしれないけど、ゲームシステムの新規性についての記述はもうちょっと資料性のある書き方になってたほうがよかったのでは。

帯にぜんじさんが主宰するビデオゲーム研究雑誌「VE(Videogame Exploer)」が五月に立ち上がると書かれていたんだけど、まだ始まってないみたい。


田中治久(hally)『チップチューンのすべてーーゲーム機から生まれた新しい音楽』を読んだ

チップチューンのすべて All About Chiptuneーーゲーム機から生まれた新しい音楽 | アイデア - 世界のデザイン誌


素晴らしい本だった。『現代ゲーム全史』を読んだとき、コンピュータと音の関わりやゲーム音楽についての言及が妙に少ないなと思ってたんだけど、後にこの本が控えているのがわかっていたからなのか…と思ってしまった(違うかな?)。

コンピュータから再生される「電子音」の誕生と、その発展としての音源チップ、つまり「楽器」ではなく「コンピュータの一部としての音源」が、どのように発展し、どういう形で人々の耳に触れ、そして誰がそこに、のちに「チップチューン」と呼ばれることになる固有の表現を見いだしていったのか。それを膨大な資料からの丹念な研究によって明らかにする、コンピュータ音楽史研究家としてのhallyさんの集大成のような本。これを2017年に日本語で読めるのを感謝したいとしか言いようがない。

僕はこの本の区切りでいうと、国内の(商業)ゲーム音楽隆盛期から国内パソコンでのチップチューン的な価値観の断絶期(第2章 チップチューンの成立 II 国内編)で知識が止まっていたので(恥ずかしながらhallyさんの活動は知りながらもVORCで情報を得ることをしていなかった)、SIDチップとロブ・ハバードの仕事を中心とした海外でのチップ音楽の価値観やトラッカー音楽とデモシーンを通じたチップチューンの胎動期についてはとても多くのことが知れたし、その散り散りに存在したコミュニティーが、他ならぬインターネットとハードウェア・エミュレーションという真にコンピュータ的な技術によってその障壁が崩され、「チップチューン」というひとつのシーンが大きく立ち上がったのだとする記述は、hallyさんの筆の熱もありとても感動的に読んだ。

インターネットとサウンド・エミュレーションの普及がある程度進んだ段階で、人々は気付き始める。言語が違っても、使用機種が違っても、音楽の趣味は共有できるかもしれないと。この種の音楽が好きな人々は、世界中にいるかもしれないと。PSGやSIDといった特定のデバイス名だけでは言い表せない、音源チップ「全体」を包含する、より大きな世界があるかもしれないと。隔てられた世界が繋がり、ひとつのシーンを形成するに至ったとき、今日的な意味での「チップチューン」、すなわちトラッカー音楽に限定されない、音源チップの単純波形に由来するすべてのサウンドを包含する「チップチューン」の時代が始まる。

『チップチューンのすべて』 - 第3章 IV “モダン・チップチューン” 前書きより

注釈に資料URLがたくさんあって、一部歴史的音源の視聴リンクなんかもあるのでぜひどこかでクリックしたいと思いリンク集を探したんだけどまだ作られていないようだったので、ちくちく入力して勝手リンク集をつくった。注釈のほかディスクガイド・アーティストのアルバム情報ないしbandcampへのリンクや(リンク先が雑なのであとで修正したい)、原著中で代表的に扱われているゲームや楽曲、デモが現時点で見られるyoutubeリンクなんかもざっくり入れてあるのでこれから読まれるかたは傍らでリンクを開いたりするとよいんではないかと。


長嶋有『観なかった映画』を読んだ

観なかった映画 new! | 長嶋有&ブルボン小林公式サイト


長嶋有による映画評集、かと思いきやブルボン小林名義の映画評もあったり映画プログラムに寄せた文章もあったりとわりと雑多なコラム集だった(こういう雑多コラム集って昔はけっこうあったけど最近は珍しい気がする)。内容的にも(固有名詞を外して映画の印象だけを語る、というアプローチを徹底しているのだとはいえ)ブルボン小林の漫画評・ゲーム評のような切れ味を期待していたのでちょっと肩すかしだった。

単行本むけの書き下ろしコラムのなかに豊作だった2016年のアニメ映画を観ての評として『この世界の片隅に』をまじめで現実的すぎて「アニメの甲斐がない」から評価しない、としたものがあった(「アニメーションの甲斐」)。これもなー、長嶋/ブルボンの視点として一貫はしてるし理解はできるんだけど個人的には(もちろん僕は『この世界』を評価しているのでその点での反感も否めないんだけど)受け入れがたいものがあった。「アニメにはアニメらしい荒唐無稽があるべき」と長嶋さんは言うのだけど、作品的にも商業的にも豊かな多様性を持った漫画というジャンルにおいて、いまとなっては軽んじられがちな原形質としての「漫画らしさ」を称揚する(ブルボン小林の漫画評の批評性)のに比べて、言ってみればいまだほとんどの作品が「荒唐無稽」の域を出ないともいえるアニメというジャンルでその「荒唐無稽」を称揚するのはさして有効な批評になっていないと僕は思う。あるいはそのような文脈で批評を行うならば、これこそが「アニメの甲斐」なのだという作品を提出しなければならなかったはずだ。2016年アニメ映画のくくりのなかで『君の名は、』は「ちゃんと荒唐無稽だった」と一定の評価がなされるもののこの論のなかで決定的な作品とされていないのは明らかで、たとえばここで『夜明け告げるルーのうた』みたいな「勇気ある荒唐無稽」を行っている作品が立ててあるのであれば納得するんだけどな。その意味で「2016年の僕のベスト映画は『シン・ゴジラ』でも『この世界の片隅に』でもなく断然『貞子vs伽耶子』だ。」という、すごくない映画を擁護する趣旨の別の書き下ろしコラムには納得できたんだけど。