TVアニメ『宝石の国』

TVアニメ『宝石の国』公式サイト


さわむら氏に推薦されて観ている。なんかいいですねこれ。原作(未読)によるものなのか、フルCGアニメだからなのか、プレスコで芝居が役者(声優)に任されてるみたいな制作体制によるものなのかわからないけど、日本のアニメっぽい過剰さがあまり感じられなくて、いい意味でたんたんとしているのがいい。主人公であるフォスフォライトのキャラクターが(声優黒沢ともよさんの演技もふくめて)絶妙で、本来とてもフィクション度の高い作品なのに、実写ドラマみたいな親しみが感じられるように思う。なのでこれ舞台っぽい人工的な演出で実写版とかも観てみたい気がする。

後半はフォスのキャラクターが大きく変化していくみたいなので、さてどうなるか。


「『21世紀のアニメーションがわかる本』刊行記念 土居伸彰×細馬宏通トーク」を聞いてきた

というわけで2冊読んだうえでブックファースト新宿での土居さんと細馬さんのトークを聞いてきた。ブックファーストの書店イベントって初めて参加したと思うけど思ったよりこぢんまりした会場で、司会からの各人紹介みたいな手続きもなくわりといきなり細馬さんから核心の質問が飛ぶようなガチ感のあるイベントだった。ゲンロンカフェで『個人的なハーモニー』についての土居さんと佐々木敦さんがトークしたときに冒頭のプレゼンを受けての佐々木さんの第一声が「なんかいきなり学会発表ぽくなりましたね」だったけど、今回も別の意味でイベントというよりも学会感があった。僕はまだ観てないのいまいち判断できないけど、『21世紀〜』での『聲の形』の扱いをについては異論が多い(『聲の形』という作品を「『私たち』の時代の作品」として捉えるのは捨てるものが多くないか、という)ところのようでトークはかなりの部分その評価ポイントのすりあわせに修正していた。

お二人の著書にサインももらったけど(土居さんにはようやく挨拶できた。以前土居さんがBCCKSで個人的に自身のアニメーション評論集をまとめて紙本を発注してくれたことがあって、そのときにネット上でやりとりして以来初めての対面だった)、細馬さんに『CupHead』を見たか聞いてみようと思ってわすれてしまった。


細馬宏通『2つのこの世界の片隅に』を読んだ

青土社 ||批評/文明論:二つの「この世界の片隅に」


こっちも途中まで読んで止めてたので読み終えた。もちろんマンバ通信でのコラム連載は読んでいたしその時点で驚嘆してたわけだけど、評論集として書籍化された本書は当然ながら各コラムがそれぞれの着眼点(「ことば」「かく」「くらし」「からだ」「きおく」)にそって再構成されていて、なかでも最終章になっている「きおく」は、テキストを読み解くにとどまらず、読み進めていくと作品の鍵を開けてその中に入り、本来ならば知り得ない「秘密」を知ってしまうような感触があり素晴らしかった。「すずの描く絵はほとんどが誰かに向けて描かれている」という指摘も細馬さんならではの指摘でどきっとした。


土居伸彰『21世紀のアニメーションがわかる本』を読んだ

21世紀のアニメーションがわかる本 | 動く出版社 フィルムアート社


トークショーの前にと思って。アニメーションドキュメンタリーというジャンルの重要性の話など土居さんの前著『個人的なハーモニー』のおさらい的な部分もありつつ、本書の要旨である「21世紀のアニメーション」がどこに向かっているかいう議論はかなりアクロバティックというか乱暴ともいえる整理が炸裂していた。個別の作品の扱いがこれでいいのかという話は多そうだけど(僕はそこまで気にはならなかった)、「『私たち』の時代」の作品とは何かという定義については腑に落ちたというか、いわゆるポストインターネットの世界観とか、インディーゲームのナラティブとか、気になっているものを同じ枠組みで見ることができるんじゃないかと思った。

つまり『動物化したポストモダン』なんじゃないかという気もちょっとしたけど。


『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション 1』を観た

映画『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』


映画の日に。ダンケルクかベイビードライバーもっかい観ようかなと思いつつ時間が合わなかったので観れるやつのなかから選んだ映画だったんだけど、これは劇場で観てよかった。冒頭から30分ほどのテンションの高い新作パートの福眼感の高さと、アホかと思うような構成のTVシリーズ再編集パート。奇をてらっているというよりも純粋に作りたいものを精度高く作ったというベテランDJのロングミックスになってて楽しかった。

こっちのアクスペリエンス7MVのほうが作品の印象に近い


『クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―』を観た

クエイ兄弟 The Quay Brothers|松濤美術館


クエイってQuayって綴るんだな。そしてもともと東欧出身なのだろうと思ってたらペンシルベニア出身でフィラデルフィアの芸術大学を卒業後にRCAに進学したという経緯なのだそう。

アニメーション制作に使った小道具を再構成してジオラマにした「デコール」という展示が多数あって、それがおもしろかった。とくにレンズがはめ込んであってのぞき込むとマペットと舞台が迫ってくるタイプのがすごかった。ちょっとVRの感覚に近かった。

ストリート・オブ・クロコダイル

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片渕素直・浦谷千恵『この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集』を読んだ

株式会社双葉社 | この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集(コノセカイノカタスミニ ゲキジョウアニメエコンテシュウ) | ISBN:978-4-575-31187-7


映画公開後品切れになったあと、増刷されたというのでそろそろ買おうかなと思っていたらあっという間に書店のウェブストアで品切れになったのであわてて紀伊國屋本店に行って確保したやつ。ようやく目を通した(重くて持ち歩くのがつらい)。片渕監督絵もうまいなと思ってたら演出補で片渕監督夫人である浦谷千恵さんにカット意図とレイアウトを伝えて描いてもらいながら1カットづつ進めるという夫婦二人三脚スタイルでの絵コンテなのだそうだ。それどういう感じで作業するのかなー。監督が脚本→字コンテ(秒数計算)→浦谷さんに説明→コンテの絵を描く→修正、みたいな感じなのかな。それある意味コンテの時点で作品制作してるようなもんだな。実際あいまいな部分がまったくない絵コンテで、これを見て初めて演出について気づいた部分もいくつかあった。


土居伸彰『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』を読んだ

個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論 | 動く出版社 フィルムアート社


シアターイメージフォーラムのノルシュテイン特集上映で先行販売されてたのを買い、ゆっくりかみしめるように読み終えた。とてもよかった。個人制作のアニメーションにかぎらず、自分自身の感覚のみを頼りに現実とは別の「個人的な」世界を立ち上げる作品を創ろうとする作家にとって、この評論はそうした作品が持つ「個人的なハーモニー」のなりたちに関する論理的な支柱と、孤独にならざるを得ないその創作を進めるための勇気を与えるものになると思う。アニメーション研究という狭いカテゴリを超えて読まれてほしい本。



ゲンロンカフェ『佐々木敦 × 土居伸彰 アニメーション的想像力の現在:ノルシュテインから『この世界の片隅に』まで』を聴いた

アニメーション的想像力の現在:ノルシュテインから『この世界の片隅に』まで | ゲンロンカフェ


ゲンロンカフェ現地で拝聴。最初に土居さんの著書『個人的なハーモニー』の内容についての1時間にわたるかなり詳細な解説(佐々木さんが「急に学会発表っぽい雰囲気になってた」と言うくらいに)があり、そのあと自身が「アニメーションについてはまったくなにも知らない」という佐々木さんもたまたま観たという2016年の日本アニメ『君の名は。』『この世界の片隅の片隅に』あたりと本の内容との関連についてのトークになった。

『個人的なハーモニー』は僕は今読み途中だけど、どこを読んでも2016年のアニメ映画(土居さんは上記2作に加え『聲の形』も挙げていた)の内容と呼応するところがあり、実際「世界の片隅」という言葉は本の中でも使われている(土居さんは「売れるといいなと思って」入れたとおっしゃっていたけど、そもそもこうの史代作品が好きだということもあったとのこと)くらいなのだけど、でもこのタイミングでその関連を語るのはベタすぎるよねという感じもあるので、土居さんご本人からその件について聞けたのはよかった。土居さんとしてはとても勇気づけられる一方で、本来ひそやかなものとして受容されることしか考えられないような「個人的」なアニメーションと同質の要素が感じれる作品がだれも予想していなかったようなヒットになっている事態には恐ろしさも感じるとのこと。そりゃそうだよなー。他方でこのアニメーションの環境変化(とくに従来路線の個人制作のアニメーションを巡る状況は年々悪くなっているので)には対応する必要があるだろうとも。