アラン・ケイ『アラン・ケイ』を再読した

アラン・ケイ (Ascii books)
アラン・C. ケイ
アスキー
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エクリの水野勝仁さんの連載を読んでいて、ふとアラン・ケイの本を読み直してみようと思ったので図書館で借りてきた。前読んだのはあんまり定かじゃないけど、Oh!Xに荻窪圭さんの書評かなんかで知って発売当時に買ってたはずなので高校2年か3年の春休みとかに読んだんだと思う。地元のスキー場で雪が融けた後のグラススキー用のリフトの監視みたいなバイトがあって、それをしながら読んでた記憶があるので。

で読み返してみたら、言うまでもないけど今読んでもまったく古びていないインターフェイスの思想が語られた論文群で、あらためて読んでもこのころにこういうことを言っていたのかと新鮮な発見が多かった(「コンピュータ・ソフトウェア」のなかでスプレッドシートについて「セル宇宙のシミュレーションをするもの」だと説明するところとかは今回よんで初めてなるほどと思った)。

最後の講演録「教育技術における共立の対立」はたぶん前読んだときは読み飛ばしてた気がするんだけど、今回読んでここが一番おもしろかった。アランケイいわく、成功する製品は「人間の深奥の欲求にこたえる“増幅装置(アンプ)”になるもの」である必要があるが、その人間の欲求とは大別して「夢想したい」と「コミュニケート」したいに分けられると。この2つの定義は欲求の定義が(あまり細かくは語られないものの)独特で、たとえば飛行機のような時空間を圧縮するテクノロジーは「コミュニケートしたい」欲求をかなえるものになるのだという。では「夢想したい」はどういう欲求なのかというと、これは「自分だけのファンタジーを制御したい」という欲求だと考えればよい。ファンタジーとは、例えば言語、スポーツ、ゲーム、音楽、コンピュータシミュレーションなど「単純明快で制御可能な世界」のことで、つまり世界を単純で制御可能なものに見せてくれるテクノロジーが人々の心をつかむのだと説明されていて、この説明は非常におもしろかった。この定義でいくとSNSは「コミュニケートしたい」欲求に応えるようでいて「夢想したい」のほうの欲求に応えているんだな。