長嶋有『観なかった映画』を読んだ

観なかった映画 new! | 長嶋有&ブルボン小林公式サイト


長嶋有による映画評集、かと思いきやブルボン小林名義の映画評もあったり映画プログラムに寄せた文章もあったりとわりと雑多なコラム集だった(こういう雑多コラム集って昔はけっこうあったけど最近は珍しい気がする)。内容的にも(固有名詞を外して映画の印象だけを語る、というアプローチを徹底しているのだとはいえ)ブルボン小林の漫画評・ゲーム評のような切れ味を期待していたのでちょっと肩すかしだった。

単行本むけの書き下ろしコラムのなかに豊作だった2016年のアニメ映画を観ての評として『この世界の片隅に』をまじめで現実的すぎて「アニメの甲斐がない」から評価しない、としたものがあった(「アニメーションの甲斐」)。これもなー、長嶋/ブルボンの視点として一貫はしてるし理解はできるんだけど個人的には(もちろん僕は『この世界』を評価しているのでその点での反感も否めないんだけど)受け入れがたいものがあった。「アニメにはアニメらしい荒唐無稽があるべき」と長嶋さんは言うのだけど、作品的にも商業的にも豊かな多様性を持った漫画というジャンルにおいて、いまとなっては軽んじられがちな原形質としての「漫画らしさ」を称揚する(ブルボン小林の漫画評の批評性)のに比べて、言ってみればいまだほとんどの作品が「荒唐無稽」の域を出ないともいえるアニメというジャンルでその「荒唐無稽」を称揚するのはさして有効な批評になっていないと僕は思う。あるいはそのような文脈で批評を行うならば、これこそが「アニメの甲斐」なのだという作品を提出しなければならなかったはずだ。2016年アニメ映画のくくりのなかで『君の名は、』は「ちゃんと荒唐無稽だった」と一定の評価がなされるもののこの論のなかで決定的な作品とされていないのは明らかで、たとえばここで『夜明け告げるルーのうた』みたいな「勇気ある荒唐無稽」を行っている作品が立ててあるのであれば納得するんだけどな。その意味で「2016年の僕のベスト映画は『シン・ゴジラ』でも『この世界の片隅に』でもなく断然『貞子vs伽耶子』だ。」という、すごくない映画を擁護する趣旨の別の書き下ろしコラムには納得できたんだけど。