渡辺訓章『組み立て×分解! ゲームデザイン ――ゲームが変わる「ルール」のパワー』を読んだ


技術書っぽい内容なのかなと思って読み始めたんだけど、ものすごく変わった本だった。なんだろうこれは。

タイトルの通りこれはゲームデザインについての本で、ゲーム開発者が試行錯誤しながらそのゲームに必要なルールを模索していく過程を詳細に解説したなかなか稀有な本になっていると思う。なんだけど、この本が想定している「ゲーム」ってちょっと特殊というか、一般的な「こういうゲームが作りたい」と考えて作るような、言ってしまえばイージーなものとはちょっと違うのではないか。

本書の「はじめに」で、この本では既存のゲームの模倣や現実の出来事や行為の再現から出発しない、「抽象表現」としてのゲームを扱うことが宣言される。僕の理解だと、この本で目指されている「ゲーム」とは、人が楽しむ「道具」ではなく、限られたルールの自律によって成立した「環境」のようなもので、それはコンピュータゲームの、もっというとコンピュータそのものの特質と呼ぶべきものだ。昔からシミュレータ的性質の強いゲームを制作されてきた著者であるkuniこと渡辺訓章さんのコンピュータ観が反映された内容になっていて、その部分にとても共感する。

第2章の

 ゲームを作る際の取っ掛かりについて考えると、「ルールはプレイヤーの行動と関連性が大きい」ため、そこからゲームを考え始めると、つい完成形まで思い浮かべてしまうことは避けられません。
 しかし、より細部のふるまいを作るアルゴリズムから考えるなら、当初は予想しなかった形にまで、完成形を持っていくことも可能でしょう。

という一節が印象的で、「いや、ゲームを作ろうとしてるんだから完成形まで思い浮かべていいのでは」とつっこみを入れたくなったんだけど、おそらくここにはゲームとはそのように最初から最後まで決めて「作れる」ようなものではなく、プレイしながらルールをこねくりまわしているうちにいつしか「できる」ものなのだという、著者のゲーム制作者としての実感があるのだと思う。

ただ、そうした著者のゲーム制作に関する実感や知恵の部分と、イージーなメソッドが求められる技術書フォーマットの本はそれほど取り合わせがよくなかったのかもしれない。抽象的すぎる内容を補う漫画風の挿絵も残念ながらあまり功を奏してないように見える。いっそ掛け合い漫談風のテキストになっていてもよかったのかな。