渡邊淳司『情報を生み出す触覚の知性』


福地さんが「ここ最近に出たインタフェース関連の本の中では間違いなく、群を抜いて面白い」とおっしゃっていたので興味を持って読んだ。NTTコミュニケーション基礎科学研究所で人間の知覚、とくに触覚を利用したインターフェイス研究やメディアアーティストとのコラボレーションを行う筆者が、自身の企画参加したワークショップや作品を紹介しながら、触覚について人間が無意識に行っている記号的解釈を活用することによるコミュニケーションの可能性について解説した本。感覚(触覚)の記号解釈の分類やそれぞれを利用した表現やコミュニケーションの方法論の違いが明快に分析されていてものすごくわかりやすい。

氏の関わる作品は21_21 DESIGN SIGHT『これも自分と認めざるを得ない展』とかICCでのワークショップで目に触れているはずなんだけど恥ずかしながらぜんぜん認識してなかった。「心臓ピクニック」(聴診器で自分の心音を録音してその鼓動を箱型のデバイスで再生させせることで「心臓を可触化」させ、その自分の一部になったような箱型デバイスを自分や他人で触ることによる感覚を楽しむワークショップ)はすごく楽しそう。

あと、そこまではまあわりとよくなじみのある感じの触覚に関する議論のなか、最後に登場する触覚によるコミュニケーションの最先端としてのフェイシャルマッサージ(ファセテラピー)とその理論化についての話がすごいおもしろかった。ファセテラピーの手技はそのマッサージの刺激の方法、強弱、使う手の部位、そしてマッサージのストロークの時間的配置についての知見を「触譜」と呼ばれるマッサージの楽譜に記録するのだそうで、触譜を分析することで「人を癒やすマッサージのアルゴリズム」が(ある程度)定義できるのだという。なんというかフロンティアあるなーというか、ふつうにマッサージのビジュアライズとか音楽の同期とかもできますよね(たぶんもうそういうのも進んでると思うけど)。こういうぜんぜん違う分野が「触覚」というインターフェイスで繋がってコミュニケーションの再定義がが行われているのはすごいおもしろい。