think-routine #26 「妹みたいなもの」について

シスターコントラスト!AcaciaSoft) ストーリー概要より

ある日突然、パラレルワールドに飛ばされた主人公。
一見何の変わりもない世界でただひとつ違っていたのは、
その世界では主人公に4人の妹がいたということ。
主人公を兄と慕う妹たちとひとつ屋根の下で、
唐突にはじまった新しい生活。
つぎつぎと襲いかかる、ちょっとHなハプニングの嵐。
以前より魅力的になった兄(?)にドキドキの妹たち……。

■「妹みたいなもの」、について考えてみたい。

■たとえば、となりの家に住む年下の幼なじみだとか、歳の近い従妹だとか、母親の大学時代の友人の娘で、毎日のように親に連れられてどちらかの家に行っては、話に夢中の親たちを尻目に二人で遊んでいたんだよ。…どちらかというと、俺の家にあいつが遊びに来ることが多かったかもしれないかな…とか、そういった関係によって、その年下の少女との間に傍目には不思議な親密さが生まれていたりするとき、その親密さを暗にいぶかしむような目から身をかわすように、「だからその、」と彼は急いで言葉を継ぐのである。「あいつは俺の妹みたいなものなんだよね」。

■「妹みたいなもの」。そのあわてて言い繕った印象のとおり、それがはたして正しく「妹」だったためしは、現在のところ報告されていない。当たり前のようだが、「妹みたいなもの」は「妹」ではないのだ。しかしでは、だからといって、「妹みたいなもの」というのが、彼の意に反した言いかたかといえば、おそらくそうでもないだろう。言ってみれば、その彼女との間には、単なる血縁関係である「妹」よりも、もっと複雑で微妙な関係があるべきであると彼は考えているのであり、そのニュアンスが、「妹みたいなもの」という言いかたによって探られている。彼は、彼女との複雑で微妙な関係を、複雑で微妙なまま自らに課そうとするのであり、つまり彼は、「妹みたいなもの」を、「妹みたいなもの」であるがゆえに、愛するのである。

■さて、秋葉原で「お兄ちゃ〜ん!」とでも叫べば、聞き耳を立てた動物たちが振り返る、そんな妹萌え全盛の世の中である。しかしこの「妹」というのは、血縁という無根拠で身もフタもない関係で先天的に決定されるものであり、しかもその関係が進行も発展もしないという、きわめて作劇が困難な題材であり、そのような不自由な属性に多くの動物が無条件で反応するというのは、いささか考えにくいと言えるのではないだろうか。動物たちは本当に「妹」に萌えているのか? そうではない。私の観察では、動物たちは「妹みたいなもの」に萌えているのだ。

■冒頭に挙げたシスターコントラスト!ストーリー概略に注目していただきたい。突然のパラレルワールドへのスリップにより主人公に4人の妹ができる、というのはいかにもご都合主義的なストーリーのように思えるのだが、しかしこの設定によって、このゲームに登場する「妹」たちが、「妹みたいなもの」たちへと、巧妙にすりかえられていることがお分かりだろうか。もし動物たちが単純に「妹」に萌えるのだとしたら、ゲームのストーリーに単に主人公の妹たちを登場させればいいのであって、あえて強引なパラレルワールドを設定する必要はないのだ。動物たちが反応し、萌えるのは、そうした身もフタもない「妹」ではない。彼自身が、彼女が本当に「妹」なのではないか、と錯覚してしまえるような、「妹みたいなもの」がそこには必要なのであり、そのためには、たとえばパラレルワールドへのスリップのような、ある種のプロセスが必要になるである。

■「妹」を偽装した「妹みたいなもの」たち。そして「妹」に萌えているようでいてじっさいには「妹みたいなもの」に萌える動物たち。単純に見える動物の世界にも、動物たちの論理がひそかに存在し、ジャングルのようなデータベースを織り成しているのである。